2008年5月10日 (土)

クイズ番組のCM

 問題を出しておきながら、〝答えは、番組をご覧下さい〟という番宣CMに腹が立つ。

人間の知りたい欲求を上手くついたCM、と考えて作っているのだろうが、視聴者からしてみたら迷惑の何ものでもない。

私はあまのじゃくだから、そういった姑息な手口で視聴率を稼ごうとする番組は絶対に観ないことにしているが、一度知ってしまった問題を答えを知らないまま忘れることは、とても苦痛だ。

大げさと思われるかもしれないが、バラエティ番組に限らず、番組制作側はそういった部分の配慮も必要ではないか。

視聴率第一主義のメディアが、利益第一主義の企業を批判することはできない。

 ちなみに、個人的な感想として、民放のなかで〝テレビ東京〟が一番まっとうな気がする。

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2008年5月 9日 (金)

頭の良さとは

 〝頭の良さ=記憶力〟

現代社会では、たいていの場合こういった認識を持たれがちだ。

しかし、本来の意味での記憶力は、知識を蓄える手段でしかない。

〝頭の良さ〟はその先にあるはずだ。

 記憶力のみによって〝頭の良さ〟を判断するのなら、人間はコンピューターに勝てない。

では、人間はコンピューターより頭が悪いか?

答えは×だ。

なぜなら、コンピューターをつくったのが人間だからだ。

人間が神を超えられないように、コンピューターも人間を超えられない。(哲学者のなかには、「人間はコンピューターに使われている」と言う人もいるが、それは資本主義社会という制度のなかでの話だ)

 では、人間とコンピューターの違いは何か?

それは創造する力。つまり、蓄えた知識を使って新たなものを生み出すことだ。

極端に言えば、世界一難しい数式を解くよりも、〝1+1=2〟という数式を生み出すほうが頭が良いことになる。

〝クイズ番組で全問正解したからすごい〟というような感情は、結局のところ一芸に拍手を送ることと大差ない。

 〝知識〟は土壌を肥やす肥料のようなものだ。

多くても少なくても、植物はうまく育たない。

たくさん知識を蓄え、それを整理し、不必要なものは捨てていかなければならない。

やたらめったら肥料をぶち込んで、ただ待っているだけでは芽は成長しない。

そんなことをしていては、痩せた土壌でも一生懸命芽を育てようと努力している人間に、すぐ追い越されるに違いない。


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2008年5月 8日 (木)

舌の裏の突起物

 まず、鏡を用意する。

 鏡の前で大きく口を開ける。

 口の中で舌を丸め、舌の裏側を見てみる。

 真ん中に一本の筋と、その左右に青紫色の線があるのがわかる。

 その青紫色の線のすぐ横を、親指と人差し指の先でつまんでみてほしい。

 1㎝ほどのナマズのヒゲのような突起物があるのがわかる。(初めて見る人は、けっこう驚く)

 小学一年生のころ、わたしはこれを発見して軽いパニックを起こした。

 〝自分は普通の人間じゃないんじゃないか〟と本気で考えた。

 今思えば笑える話だが、未だにこの突起物の謎は解明できていない。

 自分のことはすべて知っているように思いがちだが、実際はほとんどわかっていない。

 外観ですらそうなのだから、内面にいたっては、宇宙に匹敵するほど神秘のベールに覆われている。

 自分の一生をかけて、いったいその未知を、どれくらい既知に変えることができるのだろうか。 
 
ちなみに、舌の裏の突起物の存在意義を知っている方、ぜひ教えてほしい。

 

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2008年5月 6日 (火)

ルックスというステータスの必要性

 なぜルックスが良いほうがモテるのか?

その答えは赤ん坊にある。

それは、生物が子孫繁栄を本能的に抱いているとすれば、簡単に説明がつく。

 どんな動物でも、赤ん坊はかわいい。では、なぜかわいい必要があるのか?

それは、赤ん坊の防衛本能と大きく関わっている。

たいていの赤ん坊は自分で自分の身を守るのが難しい。

そこで、親やその周りの大人たちに守ってもらう必要がある。

極端に言えば、かわいいほうが生き延びる可能性が高い。または、苦労せず生き延びられる。

 〝美人OL殺人事件〟といった表題のサスペンスドラマをよく耳にする。

殺されたのが美人かどうかは、人が感心を向けるかどうかにおいて、とても重要なことだ。

実際の事件を伝えるニュースでも、被害者が子供か大人か、女か男か、美人かブサイクかといった要素は、視聴率を大きく左右する。

こんなことからも、ルックスの重要性がうかがえる。

 ここにブサイクな人間がいる。しかし、生きていく能力は高い(例えば、地位、名誉、権力などがある)。

そういう人間には、そこそこ良いルックスの人がつく可能性がある。

となると、その子供はブサイクに多少の箔がつく。

それを繰り返していけば、いずれは有能さに加え、ルックスというステータスを手に入れた子孫が生まれるだろう。


となると、〝ルックス〟は一つの要素というよりも、生きるステータスを総合的に判断するもの、と位置づけられる。

つまり、遺伝子、性格、気質、傾向、頭脳といった、あらゆる人間の要素を外に表す看板が〝ルックス〟ということになる。

 看板は常に磨いておくべきだ。しかし、一代でその看板を大きく変化させることはできない。

所詮はほこりを払ったり、小さい傷を修復したりといった程度で、外観にはほとんど変化はない。

しかし、だからといって諦めてしまっては、これからの自分の子孫に対して、重たい負担を背負わせることになる。

そう考えると、整形は良いアプローチ方法ではないかと思う。

もちろん成功することが条件だが、ルックスが良くなれば生きる能力の高い人間を惑わせることができる。

作り物の外観でも、子孫繁栄の観点から見れば重要な転換期だったという位置づけになる。

作り物がいずれは本物になる。

自分自身が、先祖代々続く看板の後継者であるように、これから先に続く子孫もそれを受け継いでいかなくてはならない。

あなたが自分のルックスに不満だと思うのであれば、それはあなたの先祖が看板を磨くことを怠けていた可能性がある。

あなた自身もその先祖達と同じことをしていては、いつまでたっても子孫繁栄はできないだろう。

ルックスという名の看板を磨くのは、自分のためではない。

それを肝に銘じる必要がある。


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2008年4月27日 (日)

人間進化論

 むかしむかし、ある生物が空を見上げてこう思った。

〝空を自由に飛べたら、天敵のいない世界で楽に生きられるに違いない〟

両手を広げて羽ばたいてみる。

少し高いところから飛び降りてみる。

木と木の間を滑空する。

そして、ついに空を飛べるものが現れた。〝鳥〟が生まれた。

 ある一匹が、〝もっと遠くの地まで飛んでいきたい〟と考えた。

陣形を組むと楽に移動できることを知った。

季節風に乗ると早く移動できることを知った。

左右の脳を交互に休ませることで、一気に海を渡りきることができることを知った。渡り鳥が生まれた。

 ある人間が、24時間眠らずに、たくさんお金を稼ぎたいと考えた。

〝渡り鳥のように、左右の脳を交互に休ませて、眠らずにいられないか〟

人間は、眠る必要がなくなった。

労働基準法が撤廃され、一日中働けるようになった。

感情が消えた。

創造力が消えた。

マニュアル通りにしか動けなくなった。

機械に及ばない、機械人間が生まれた。

経済が衰退していった。

人間の数がジャマになった。

人間は必要なくなった。


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2008年4月26日 (土)

他人の視線

気づかないフリして、視界の隅で確認。

オレを見てるのか?

ブサイクがこっち見てる。

勘弁してくれ。オレは、お前とはつり合わない。

美人と確実に目が合った。

オレを見てどう思ったろうか? 〝あり〟だったろうか?

同年代の男がこっち見てる。

その視線はなんだ? なぜオレを見る?

小学生の集団が、笑いながらこっちを見てる。

オレか? オレを見てるのか? オレのどこかが変なのか?

まわりの奴らが、オレのことを見てる。

逃げたい。消えたい。帰りたい。

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2008年4月19日 (土)

金銭欲が意識を変える


 新たな考えが生まれる。

 同じようなことを考えたやつが表れる。

 そこに金銭欲がなければ、仲間意識が生まれる。

 そこに金銭欲があれば、盗人意識が生まれる。

 

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人権!人権!人権!人権! 叫んでいれば正義の味方

 暴力を非難するために暴力を使っていたら、暴力は永遠になくならない。

 そんなこと分かりきっているのに、なぜ暴力はなくならないのか。

 それは〝アンパ~ンチ〟が暴力だと気づかないことと似ている。

 正当化はときに真実を大きく歪める。

 自分がアンパンマンだと思い込むな。

 相手がバイキンマンだと思い込むな。

 人はそんな単純じゃない。

 
 

 

 

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「失うのが怖いから、初めからないほうがいい」と自分に言い聞かせ

 自分自身に嘘はつけない。

 正直にいこう。

 ごまかしてばかりいると、本当のことがわからなくなる。

 大切なものには必ず、不安の虫が住みつく。

 どうしてもその虫が気になるのなら、気が済むまでやっつければいい。

 でも、ほとんどの虫は、大切なものを失わせるようなマネはしない。

 それがなくなったら、自分たちだって生きられないのだから。

 

 

 

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2008年4月13日 (日)

感動は常にオリジナル

 私はこの世界のあらゆるものが、プラスマイナスゼロでできているのではないかと予想する。それはどういうことか。

 例えば、お金がある。

 貨幣は人類の発明の歴史の中で、一番優れた発明だという人がいる。確かに、貨幣が生まれてより便利な生活ができるようになった。しかし、その不利益な部分も便利さに比例して大きい。暴力、裏切り、自殺、妬みといった、社会生活においてマイナスな感情をもたらすこともあるのだ。ある一面をとれば利益しかないように思えるものでも、相対的に見れば不利益があたりを覆い尽くしている、といった構図があったりする。核エネルギーや自動車やコンビニ、自然破壊や死刑制度やニートなども同じようなことが言える。利益が注目されているようなものは、不利益が見にくい。逆もまたしかり。

 私は最近、〝感動〟というものですらそうなのではないかと考える。〝感動〟と聞いて悪いイメージを持つ人は少ないだろう。しかし、感動が人を殺すこともありえるのではないかと思っている。例えば、最近あった無差別殺人事件のニュースの中で、犯人のかばんの中から暴力表現の強いゲームソフトが出てきた、という報道があった。もちろんそれだけで人が人を殺すとは思わないが、少なくとも彼はそういったゲームに感動したはずだ。その感動は、普通の人が映画や小説やスポーツなどで得る感動と違うものだろうか。私は同じものだと思う。違いがあるとすれば、彼の感動が計り知れないほど大きなものだったということではないか。大きな感動は、不利益な部分も同じぐらい大きい。

 子供が生まれたことで自分自身も大きく変われた、と多くの人がいう。それは、プラスの感動がもたらしたものだ。不利益を考えれば、養育費やしつけや夜泣きといった問題がある。しかし、そういった不利益は、その感動によっていちいち表に出てこない。たとえ顔を出したとしても、子供の笑顔を見たら忘れてしまうほど、たいていは小さな攻撃の連続でしかない。その一方で、親が子を虐待したり、ときには殺してしまうことがある。それはなぜか。プラスの感動が小さかったということもあるだろうが、それよりも、マイナスが一気に押し寄せた可能性が高い。ワニワニパニックというゲームを思い出してもらえばわかりやすい。初めは一匹づつ顔を出していたワニが、終盤になると次から次へと出てくる。ゲームなら終わりがあるが、育児は苦楽を繰り返しながら果てしなく続く。プラスの感動という武器では手に負えなくなった親は、誰かの手を借りるか、その場から立ち去るか、電源を切るしかない。感動は手入れが必要であり、足りなくなったら補充する必要がある。

 プラスの感動はインパクトがあって注目するから、一度に押し寄せてくることが多い。一方で、感動によるマイナスは、ボディブローのように細切れで襲ってくる。そのボディブローをないがしろにしていると、いつの間にかダウンしている自分に気づく。そうならないためにも、感動したときは浮かれすぎず、その不利益に目を向け、早いうちに対処しておくことが大切だろう。逆に言えば、何もないことを悲観する必要もない。何もないことは、不利益もないということだ。つまり、その状況を自分が納得できれば、感動など必要ない。

 感動は常にオリジナルだ。誰かに感動しろと命令されても、感動できるものではない。だからこそ、自分しか触れることのできないその感動を、自分自身がしっかり管理しなければならない。たくさん感動を味わえば善い人間になるとは限らない。管理しなければ、不利益なものもたくさん詰まっているに違いない。世の中は、正義や悪といったものを一方的に注目しがちだが、これは〝感動〟という名の一心同体物である。

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