自分を殺す価値を与えてしまう社会
〝ある種類のカマキリのオスは、交尾後、メスに自分の身を捧げる〟
〝ある種類のクモのメスは、生まれてきたばかりの子供たちに自分の身を捧げる〟
〝アンコウの仲間のある生き物は、メスの腹の部分に寄生して、生殖行動とともにそのままメスの体の一部になる〟
自分で自分の命を落とすことは、人間以外の生物でも行われることだ。
しかし、それはどれも積極的な意味での自殺ばかりで、現代人のように消極的な意味で自殺する生き物はいない。
ではまず、人が殺人を犯すとはどういうことなのかを考えてみる。
(精神的な異常を除けば)そこには必ず動機、つまり、それを犯す価値を見出した人間がいる。
もし、〝あいつを殺すことに何の価値もない〟という感情を抱くことができれば、殺人など起きない。
多くの殺人は、突発的な感情によるものか、殺さないよりも殺したほうが価値があると思ってしまったために起こる。
それは自殺でも同じことが言える。
恐怖や痛みや想像力といったストッパーですら止めることができない〝自殺への価値〟を見出したとき、人は自分を殺す。
自殺はいつの時代でもある。
しかし、消極的な意味での自殺は、近代に入ってからのほうが圧倒的だ。
その前までの自殺は、美意識によるものが多い。
つまり、カマキリやクモやアンコウの仲間が行う自殺と同じように、積極的な意味での価値を見出した自殺だ。
それはおそらく、社会情勢が大きく関わっている。
あちこちで争いが起こっていた時代は、人々は無条件に〝生きる意味〟を与えられていた。
例えば、戦力としての生命、子孫を繁栄させるための生命、国を豊かにするための生命。
だから、生きる理由がはっきりしていた分、消極的な意味での自殺は少なかった。
しかし現代社会には、その無条件に与えられる〝生きる意味〟が乏しい。
とくに、欧米や中東など宗教観の強い地域とは違って、日本は〝生きる意味〟を個人で見つけなければならない状態にある。
そこで、あらゆる葛藤が生まれる。
国は豊かになったのに幸せは感じられない。子供を産めばお金がかかるし、そうなればお金のための働き続けなければならない。これ以上人口が増えることに、何の利益があるのか。環境問題、エネルギー問題、食糧問題、人種差別、貧困、病気、犯罪・・・。生きることに本当に価値はあるのか?
人間の歴史から見れば、人口はここ数十年で爆発的に増加してきた。
しかし、それもだいぶ落ち着き始め、あらゆる社会環境問題から考えても、これから再び人口が爆発的に増えるとは考えられない。
今の社会は飽和状態に近い。
おそらくこの先・・・といっても何百年後か何千年後かはわからないが、人口は確実に減っていくだろう。
そうなれば再び、無条件に〝生きる意味〟が与えられる。
なぜなら、生きることに集中しなければ生きていけない時代になるからだ。
つまり、人は死が身近にあると、生に執着しようとする。
それは本来の生物としてのあるべき姿に違いない。
しかし、現代社会だけがその部分がごっそり抜け落ちている。
現代社会の日本に消極的な意味での自殺が多いのは、あらゆるものが飽和状態にあるためだ。
では、そんな時代に生まれた人は、どうやって生きる価値を見出せばいいのか?
現代という時代は、過去の〝生きる理由がはっきりしていた時代〟と未来の〝生きることに集中せざるを得ない時代〟の狭間の時代ではないかと思う。
そう考えると現代は、〝生きる意味を模索する時代〟という位置づけができるのではないか。
つまり、生きることとは何かを必死に考え、その絶対的な価値を見出すことが私たちの役割であり、その答えがより鮮明ならば、未来の〝生きることに集中せざるを得ない時代〟の人々の生への執着心を養うことになるのではいか。
私たちは、もうこれ以上物理的な生きる価値を見出すことが難しいのであれば、精神的な生きる価値を見出さなければならない。
生きる価値を見出すことは、いつの時代も命がけである。
現代社会では死を考えることをタブー化する傾向にあるが、死を考えることができなければ生を考えることなどできない。
あらゆるものが飽和状態であるからこそ、真っ向から死について考えることができる時代といえる。
もしそれを放棄するのであれば、それは将来の私たちの子孫に対する冒涜ではないか。
確かに死を考えることはつらい。
なかには実際に死を選ぶ人もいるくらいだ。
でも、つらいからやめてしまっては、生きる価値を見出せないまま、ただ生きているだけの人間ができあがってしまう。
そうなれば、人間など、いち早くこの世界から消え去ることになるだろう。
もし、自殺者を減らしたいと思うのであれば、生きる価値を見出すことを個人にだけ任せるのではなく、社会全体でその問題に真っ向から挑むべきではないか。
戦死者とも言える自殺者を、絶対的な悪のまま片づけてしまっていいのだろうか。
このまま、自分を殺す価値を与えてしまう社会でいいのだろうか。
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